目次
バングラデシュ人民共和国の特徴
バングラデシュ人民共和国(以下、「バングラデシュ」と略す)は、南アジアに位置する面積14万4千平方キロメートル(日本の約4割)の国である。また、人口は、1億4,660万人(2009年7月、暫定値、バングラデシュ統計局)であり、世界でも屈指の人口密度が高い国である。
また、その国土は、インド洋に面し、南東の一部においてミャンマーと隣接しており、それ以外の部分においては、インドと国境を接している。
首都はダッカであり、民族構成は、ベンガル人が大部分を占める。なお、バングラデシュとは、ベンガル語で“ベンガル(人)の国”の意味である。
国語は、ベンガル語であり、宗教は、イスラム教が主体(89.7%、2001年国勢調査)である。国旗は、緑地に、中央からやや左寄り(旗竿寄り)に赤い円が描かれたものである。
2005年に、ゴールドマン・サックス社は、バングラデシュを「ネクスト11」の新興経済国の一つに位置づけており、国際経済的に見ても、その注目度が上がっているといえる。
また、2008年度秋以降の世界金融危機による影響をそれほど受けておらず堅調に推移している(2009年度時点)。2009年度において、国民一人当たりのGDPは、一人当たりGDP(名目)は、583ドルであり、また、実質GDP成長率は、5.83%を達成している[1]。なお、携帯電話の登録者数が、7,034万人と人口の約50%に達している点は、特筆すべきであろう[2]。
日本との関係においても、2005年から2009年にかけて、日本の輸出・輸入ともに増加している。日本からの主要な輸出品目は、輸送機会、鉄・鉄鋼、機械などである。一方、日本への主要な輸入品目は、布製品、ニット製品、履物である。また、日本企業は、2010年11月時点において、商社、製造、通信、運輸、建設、衣料等の業種の97社が進出している[2]。
この他、金融面においては、マイクロクレジットと呼ばれる貧困層を対象にした比較的低金利の無担保融資機関(マイクロファイナンス機関)が存在する点がユニークである。マイクロファイナンス機関としては、ダッカに所在するグラミン銀行が知られている。
バングラデシュ知的財産権の概況
知的財産権関連の制定法
バングラデシュは、旧植民地宗主国のイギリスから知的財産法制を受け継いでいる。主要な制定法は、特許、意匠、商標、および著作権等が挙げられる。なお、特許法と意匠法とは、同一の法律(特許意匠法1911)および規則(特許意匠法規則1933)により保護される。また、我が国の実用新案制度に相当する制度は存在しない。
<<制定法>>
- ・特許意匠法1911
- ・特許意匠規則1933
- ・商標法2009 ※現行法:2015年改正版
- ・商標法規則1963
- ・著作権2000
- ・商品に関する地理的表示法2013
また、近年、バングラデシュでは、知的財産権関連法の近代化、充実化や、特許意匠法商標局(DPDT)等の組織の近代化、機能強化等が課題として取り上げられており、これらに対する取り組みが計画/実施されつつある。
国際協定
また、バングラデシュは、WIPO、パリ条約、ベルヌ条約、WTO協定といった知的財産権に関する国際協定に加盟している。よって、特許、意匠、および商標の出願において、パリ条約による優先権の主張が可能である。
なお、2010年10月時点で特許協力条約(PCT)には加盟していないが、その加盟を検討中である。また、商標法条約(TLT)や、マドリッド協定議定書には加盟していない。
統計
2012年度 | 2013年度 | 2014年度 | 2015年度 | ||
特許 | 出願件数 | 354 | 303 | 293 | 340 |
外国出願:287 | 外国出願:243 | 外国出願:249 | 外国出願:299 | ||
日本から:26 | 日本から: | 日本から: | 日本から:27 | ||
登録件数 | 153 | 134 | 121 | ||
外国出願:139 | 外国出願:118 | 外国出願:100 | 外国出願: | ||
日本から: | 日本から: | 日本から: | 日本から: | ||
意匠 | 出願件数 | 1198 | 1232 | 1379 | 1376 |
外国出願:84 | 外国出願:132 | 外国出願:134 | 外国出願:92 | ||
日本から:3 | 日本から: | 日本から: | 日本から: | ||
登録件数 | 1056 | 984 | 802 | 771 | |
外国出願:84 | 外国出願:141 | 外国出願:125 | 外国出願:90 | ||
日本から:3 | 日本から: | 日本から: | 日本から: | ||
商標 | 出願件数 | 11429 | 11581 | 11541 | 9322 |
外国出願:3135 | 外国出願:3580 | 外国出願:3611 | 外国出願: | ||
日本から: | 日本から: | 日本から: | 日本から: | ||
登録件数 | 2520 | 3021 | 4172 | ||
外国出願:1761 | 外国出願:2333 | 外国出願:3307 | 外国出願: | ||
日本から: | 日本から: | 日本から: | 日本から: |
※未記入部分は確認できず。
特許、意匠、および商標の各制度について
制度概要
バングラデシュにおける、特許、意匠、および商標の各制度の概要は以下のとおりである。
特許 | 意匠 | 商標 | |
出願言語 | 英語 | 英語 | 英語 |
現地代理人の必要性 | 要 | 要 | 要 |
審査制度 | 有 | 有 | 有 |
審査請求 | 無 | - | - |
グレースピリオド | 有 | 有 | 有 |
存続期間 | 出願日から16年。さらに10年間の延長が可能。 | 出願日から5年。後に5年単位の延長が2度まで可能。 | 出願日から7年。更新によりさらに10年間の延長可能。 |
異議申立 | 公告から4月 | - | 公告から2月 |
無効審判 | 無※ | 有 | 有 |
※無効審判制度はないが、特許の無効を請求することは可能である。
特許法
仮明細書による出願が認められている。仮明細書による出願の場合、出願日から9月以内(1月の延長可)に完全明細書を提出しなければならない。
また、完全明細書は、発明の性質およびその実施方法が詳細に記載かつ特定されていなければならないとされている。
仮明細書であっても完全明細書であっても、記載内容は”タイトル”から始まる。また、完全明細書は、明細書の本文と区別された発明のクレーム(statement)により終わらなければならない。
完全明細書を提出すると、実体審査が開始される。そして、実体要件を全て満たす場合、出願公告に付され異議を待つ。異議申立て期間は、公告の日から4月間である。異議がない場合、または異議があったが特許することが望ましい場合、特許がなされる。
なお、出願料は、1,500タカ(日本円で2,130円)となっている。
意匠法
1.出願時の必要書類
- ①願書
- ②図面または写真
- ③委任状(公証・認証は不要)
※発明者(創作者)と出願人が異なる場合は、譲渡証(公証・認証が必要)が必要。
※優先権主張の際は、優先権証明書およびその英訳(公証・認証が必要)が必要。なお、出願日から3月以内に提出すればよい。
2.主な登録要件
①新規性または創作性
→新規性喪失の例外規定有:6月間(博覧会での展示や意に反する公表)
②登録性:物品性、形態性、視覚性
→単なる機械的装置や公序に反する意匠は登録不可
3.特別な意匠制度
①秘密意匠:有
→登録から2年間、ؚ登録意匠の公表を遅らせることができる。
②部分意匠:無
4.審査
① 審査請求制度はない
② 事前の出願公開制度はなく、登録後に登録意匠の書誌事項が公開されるのみ
③ 早期審査制度・優先審査制度は存在しない。
④ パリ条約に基づく優先権は主張可能。出願から3か月以内に優先権証明書と優先権証明書の翻訳文を提出しなければならない。
■ 登録要件が認められない場合
登録官は拒絶理由を通知し、出願人に応答を要求する。この拒絶理由通知に対して、出願人に応答期間として6月の期間が与えられる(応答期間には3ケ月の延長が認められる)。なお、書面によっても拒絶理由が解消しないという場合、ヒアリングが設定され、そこで弁明の機会が与えられる。
⑤ 拒絶の査定に対し、出願人は最終的に拒絶された日から3ケ月以内に不服申立てをすることができる。
5.存続期間
①出願日から5年
②1回につき5年の存続期間の更新が2回可能(更新手続は期間満了までに必要)
→最長の存続期間は出願日から15年
商標法
1.出願時の必要書類
- ①願書
→主な記載事項は以下のとおり
・出願人の氏名/名称、住所/居所等
・出願人の業種
・バングラデシュにおける使用の事実(使用開始日)またはその意思 - ②指定商品・役務
- ③商標見本
- ④委任状(公証・認証は不要)
※優先権主張の際は、優先権証明書およびその英訳が必要。なお、出願日から3月以内に提出すればよい。
2.主な登録要件
(1)登録事由:
主な登録可能商標は下記のとおり。
- ① 特別または特異な方法により表現されている会社、個人または法人の名称
- ② 1以上の単語
- ③ 商品や役務の特性や品質に直接言及するものではなく、かつ一般的な意味に照らして、地理的名称、氏名もしくはその一般的略称、またはバングラデシュ国内の党派、カーストまたは部族の名称でない1以上の単語
- ④ その他の識別性のある標章
(2)バングラデシュにおいては、絶対的拒絶理由および相対的拒絶理由の双方が審査の対象となる。
① 絶対的拒絶理由
・恥ずべき事項が含まれている標章
・標章の使用が、施行されている時の法令に反する場合
・使用により誤認混同を生じるおそれのある標章
・バングラデシュ国民の宗教的感受性を傷付けるおそれがある内容を含む標章
・国家、または国際条約もしくは国際機関の紋章、旗またはその他の記章、それらの名称または名称の略称、それらが採用する公的標識または印章と同一もしくは模倣もしくはこれらを要素として含む標章(その国家または機関の当局が認めるものは除外)
・不正の目的で信義に反して行われた出願である場合
② 相対的拒絶理由
・同一の商品又役務に関して、他人の登録商標と同一または誤認を生じるほど類似する商標の場合
・バングラデシュにおける他人の周知商標と同一または混同を生じるほど類似する商標について、その他人の商品または役務と同一もしくは類似する商品または役務について使用する商標の場合
・出願に係る商標が、バングラデシュで周知であり、かつ登録された商標と同一もしくは類似する商標であり、当該周知かつ登録された商標に係る指定商品等と同一または類似でない商品または役務に使用する場合(当該商標が、それらの商品または役務と登録商標の所有者との間に関連があると誤認を生じる方法で使用される場合、または登録商標の商標権者の利益が当該使用により損なわれるおそれがある場合に限られる)
3.審査
① 1出願1区分制
② 出願日から2~7日で出願が受理され、出願番号が通知される
③ 出願から査定(登録または拒絶理由通知を含む)がなされるまで、通常1年以上の期間を要する。場合によっては、2~3年程度を要することもあるようである。
④ 早期審査制度・優先審査制度は存在しない。
⑤ パリ条約に基づく優先権は主張可能。出願から3か月以内に優先権証明書と優先権証明書の翻訳文を提出しなければならない。
■ 登録要件が認められた場合
出願が認容され、商標ジャーナルによる出願公開がなされる。出願公告の日から60日間、異議が受け付けられる。異議がなければ、登録がなされる。ただし、リソース不足のため、実際に登録証が発行されるまでには時間がかかっているのが現状である。
■ 登録要件が認められない場合
登録官は拒絶理由を通知し、出願人に応答を要求する。この拒絶理由通知に対して、出願人に応答期間として3月の期間が与えられる(応答期間には2ケ月の延長が認められる)。
※2020年11月現在の状況ではあるが、コロナウイルス禍の影響か、審査が遅れていると考えられる。この点、バングラデシュでは審査促進のためのヒアリング手続きがある。
⑥ 拒絶の査定に対し、不服を申し立てる制度は存在しない。ただし、実務上高等裁判所に直接申し立てるという運用になっている。
4.庁費用
出願(1区分ごと) | 約60USD |
優先権主張 | 約10USD |
登録(1区分ごと) | 約240USD |
更新(1区分ごと) | 約240USD |
※かつては指定する商品数に応じて異なる扱いとしていたが、現在は区分ごとの費用となっている。
※記載の額はUSD換算したものであるが、実際はバングラデシュの通貨による。
※上記費用に15%のVATが加算される。
※上記費用は庁に収める費用であり、対応を依頼する現地代理人の費用が別途発生する。
5.存続期間
①出願日(優先権主張に基づく出願の場合は優先日)から7年
②更新は10年(更新出願は存続期間満了前6ヶ月)
※①に関連して、登録査定が出願日から7年を経過して発行された場合、登録となった時点あるいは登録証が発行された時点で、②の10年分の更新費用を支払うことで更新手続がなされたことになる。この場合、倍額納付等のペナルティは課されない。
6.その他の留意事項
①不使用による取消
登録商標が指定商品/役務について、5年以上使用されていない場合、取消の対象とされる。
【商標の「使用」について】
2009年の新商標法より、バングラデシュ国外の商標権者は、バングラデシュ国内において自己の製品の販売や輸入を行っていなくても、広告・宣伝等を行っていれば商標を「使用」していると認められることとなった。これにより、実際にバングラデシュ国内において事業の実施に至っていなくても、公告・宣伝等の活動を実施していれば、不使用取消審判を免れることが可能となった。
②商標権の譲渡・移転
商標権者は、登録された商標についてその指定商品/役務の全て又は一部について、自由に譲渡・移転が可能
③ライセンス(登録ユーザー制)
ライセンシーによる使用は、登録ユーザー制によって認められる。すなわち、権利者によって商標のあらゆる使用目的に適合するとしてユーザーとして登録されることが必要。
参考資料
[日本国特許庁]
・各国・地域の産業財産権庁又は機関に関する情報並びに産業財産権に関する制度の概要について
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/kokusai/kokusai2/sangyouzaisanken_gaiyou.htm
[外務省HP]
・バングラデシュ人民共和国 - 基礎データ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/bangladesh/data.html
[JETRO 日本貿易振興機構(ジェトロ)]
・バングラデシュ - 基礎データ/概況
https://www.jetro.go.jp/world/asia/bd/basic_01/
・バングラデシュ - 投資制度~技術・工業および知的財産権供与に関わる制度
https://www.jetro.go.jp/world/asia/bd/invest_08/
[特許庁委託「外国産業財産権制度支援事業」]
・世界の産業財産権制度および産業財産権侵害対策概要ミニガイド
http://www.iprsupport-jpo.go.jp/soudan/miniguide/miniguide.html
[WIPO]
・RESOURCES>WIPO Lex - Bangladesh
http://www.wipo.int/wipolex/en/profile.jsp?code=BD
・WIPO Regional Workshop on Effective Management of Intellectual Property Academies: Challenges and Responses[February 2, 2010 to February 4, 2010 (Jakarta, Indonesia)] - Country Report – Bangladesh
http://www.wipo.int/meetings/en/doc_details.jsp?doc_id=140616
[バングラデシュ 特許意匠法商標局 DPDT]
・ホームページ
[1] 外務省HP バングラデシュ人民共和国 - 基礎データ(2010年11月現在)
[2] JETRO 日本貿易振興機構(ジェトロ) バングラデシュ - 基礎データ/概況(最終更新日: 2011年02月28日)
[3] WIPO- Country Report – Bangladesh(2010年2月4日公開)
[4] JETRO 日本貿易振興機構(ジェトロ) 2019 年度インドIPG特許商標ワーキンググループ報告書- バングラデシュの知財概況(2020年3月)