目次
はじめに
商品・役務の普通名称化とは、当初商品・役務名として命名されたものが、広く使用された結果、自他商品の識別標識とは認識されなくなり、一般的な名称として使用されるようになったことをいう。
この普通名称化が査定前に生ずると、商標登録を受けることができず(商標法3条1項1号)、権利化後に生ずると、侵害訴訟を起こしても商標権の効力が及ばず権利行使が制限されてしまう(商標法26条1項2号、3号)ことがあり得る。
普通名称化のデメリット・原因
普通名称化した場合のデメリット
商標登録前に、普通名称化した場合は、普通名称として拒絶される。誤って登録された場合でも、異議申立て及び無効審判により、商標権が消滅する可能性がある。商標登録後に、普通名称化した場合には、その商標権は存続することになるが、商標権の効力を第三者に及ぼすことが出来ない。
普通名称化が起きる原因
①革新的な商品・サービスが生み出された場合
従来には存在していなかった革新的な商品やサービスが生み出された場合は、その商品やサービスを表す名称が存在しないため、取引者間でその商標が同種の商品・サービスの代名詞のように使用されるようになり、識別力を失い普通名称化する場合がある。
②傑出した商品・サービスとなった場合
同種の商品・サービスのなかで傑出すると商標が著名になり需要者等で商標によって表される商品・サービスの出所についての認識が稀薄となることがある。その結果、商標が同種の商品・役務全体を代表するものととらえられ、識別力を失い普通名称化する場合がある。
③商標権者の管理が甘い場合
商標があたかも普通名称として使用され始めた初期の段階で、警告状を送付するなど適切な対処を怠っていると、次第に自他識別力を失い普通名称化しやすい。また、辞書等に普通名称として扱われているにも関わらず何の対処もせずに野放しにすることも、普通名称化されたものとして扱われやすい。
普通名称化の事例
実際に特許庁又は裁判所が普通名称化したと判断した事例を紹介する。
特許庁が判断した事例
①サニーレタス
「サニーレタス」は、日本独自の造語であり、英語圏では同様の品種はレッドリーフレタスなどと呼ばれている。「サニーレタス」の名称は1978年に商標登録出願されたが、1985年に審決により普通名称であると認定され拒絶された。
『我が国においても栽培されており、年中出回っていることが認められるばかりではなく、八百屋、スーパーマーケット及び百貨店等において、通常の野菜類と共に葉先が茶紅色をした不結球のリーフ型レタスを「サニーレタス」として称して販売されている事実がある~中略~この種商品の取引者、需要者は前記の事実よりして、その商品が「サニーレタス」であることを表現するための文字として理解し、認識するに止まり、自他商品の識別標識とは認識し得ないものといわなければならない。』
※不服昭和57-2936 抜粋
裁判所が判断した事例
①正露丸
「正露丸」は、日局木クレオソートを主な成分とした医薬品である。「正露丸」は大幸薬品が商標出願し、一度は商標登録された。しかし、その後、1974年(無効審判に対する審決取消訴訟)と2008年(不正競争行為差止等請求事件)の2度にわたり普通名称化が認定されている。
『その後多年にわたり、不特定かつきわめて多数の業者により全国的に本件医薬品の名称として使用された結果(本件医薬品自体が、薬臭、薬味の強い印象的な家庭薬として民間に周知されたこととあいまつて)、これらの語は、おそくとも本件商標の登録当時、なんら出所表示力のない、本件医薬品自体の一般的な名称として国民の間に広く認識されていたものというべきであり、』
※東京高裁昭和35年(行ナ)第32号 審決取消訴訟請求事件 抜粋
②巨峰
ぶどうの一種として親しまれている「巨峰」であるが、元々は商標名であって、品種としての名称は「石橋センテ(センテニアル)」である。1954年に商標出願がされ、1955年に商標登録された。その後、2002年に、ぶどう出荷用包装資材に「巨峰」と表示して販売したて会社に対し差止めを求めた。しかし、普通名称であると認定され請求は認められなかった。
『「巨峰」という語は、特定の業者の商品にのみ用いられるべき商標であるとは認識されておらず、ぶどうの一品種である本件品種のぶどうを表す一般的な名称として認識されているものと認められる。したがって、「巨峰」という語は、ぶどうの一品種である本件品種のぶどうを表す普通名称(商標法26条1項2号)に当たると認めるのが相当である。』
※大阪地裁平成13年(ワ)第9153号 商標権侵害差止請求事件 抜粋
③招福巻
招福巻は、「節分の日に食べる太巻き」のことを指している。元々、日本料理の提供をしていた会社が1988年に商標登録を受けた。その後、大手スーパーマーケットが「招福巻」を含む標章を使用したことについて差止め等を求めた。しかし、普通名称であると認定され、請求は認められなかった。
「全国に極めて多くの店舗を展開するダイエーのチラシに「招福巻」なる名称の巻き寿司の商品広告が掲載されたことも,それ以前から「招福巻」が節分用巻き寿司の名称として一般化していたことを推認せしめるものといえる。~中略~したがって,「招福巻」は,巻き寿司の一態様を示す商品名として,遅くとも平成17年には普通名称となっていたというべきである。』
※大阪高裁平成20年(ネ)第2836号 商標権侵害差止等請求控訴事件 抜粋
普通名称化の認定
普通名称であるかを認定するにあたり、それを認定する一律的な基準はなく、普通名称化該当性の判断は非常に難しい。しかし、以下の事項が参考になる。
周知性の主体
普通名称であると認識する主体は業者や業界という需要者を基準としている裁判例と、一般消費者を含む需要者を基準としている裁判例がある。その商品等の性質等を考慮した総合的な判断がされている。
〈当業者を基準〉
『食品業界においては、~中略~「緩衝乳酸」及び「カンショウ乳酸」の語も、有機酸類の一種である本件pH調整剤を示す普通名称となっていたものと認めるのが相当である。』
※東京高裁平成13年(行ケ)第258号 審決取消請求事件 抜粋
〈一般消費者を含む需要者を基準〉
『一般消費者、ぶどう生産者、青果卸売業者などの需要者において、「巨峰」という語は、特定の業者の商品にのみ用いられるべき商標であるとは認識されておらず、ぶどうの一品種である本件品種のぶどうを表す一般的な名称として認識されているものと認められる。したがって、「巨峰」という語は、ぶどうの一品種である本件品種のぶどうを表す普通名称(商標法26条1項2号)に当たると認めるのが相当である。』
※大阪地裁平成13年(ワ)第9153号 商標権侵害差止請求事件 抜粋
〈工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第21版〕〉には以下のように記載されている〉
『一般の消費者等が特定の名称をその商品又は役務の一般的名称であると意識しても普通名称ではない。問題は特定の業界内の意識の問題であり、それ故に、例えばある商標が極めて有名となって、それが一般人の意識ではその商品の普通の名称だと意識され、通常の小売段階での商品購入にその商品の一般的名称として使われても、それだけではその商標は普通名称化したとはいえないのである』
周知性の範囲
26条1項2号の普通名称の認定には必ずしも全国周知を必要とせず、一地方で足りるとしている裁判例がある。
『鹿児島県を中心とした九州地区では、広く一般に、かき氷に練乳をかけ、フルーツをのせたものを「しろくま」と呼んでいることが認められ、「しろくま」は、鹿児島県を中心とした九州地区では普通名称であると認められる。そして、商標法26条1項2号でいう「普通名称」というのは、日本全国において通用することは必要でなく、一地方において普通名称となっていれば足りるというべきである。』
※大阪地裁平成8年(ワ)第12855号 商標権侵害差止等請求控訴事件 要旨
メディアへの普通名称として露出
普通名称化していることの証拠として辞書等の刊行物をはじめとしたメディアに普通名称として露出していることが考慮されることがある。
・招福巻はスーパーマーケットのチラシや辞書に掲載されていることが考慮された。
・巨峰は国語辞典や図鑑に掲載されていることが考慮された。
普通名称化対策の実施の有無
裁判等において、普通名称化を認定するにあたり、「普通名称化対策」を行っていたかが言及されることがある。
〈普通名称化対策が認められた事例〉
『「QR Code」及び「QRコード」は,2次元コードの規格の一種であると認識されることがあるものと認められるが,他方,被告は,本件商標登録を有しており,前記(ア)のとおり,「QRコードについては(株)デンソーウェーブの登録商標です。」との表示をしたり,「○R 」の表示を付して,商標登録を有していることを広く知らせており,また,前記(ア)のとおり,被告以外の会社も,原告を含め,そのウェブサイトや広告において,「QR Code」又は「QRコード」が被告の登録商標である旨の表示をしていることを考慮すると,「QR Code」又は「QRコード」が常に2次元コードの規格の一種であるとのみ認識されると認めることはできず,自他商品等の識別機能を発揮する態様で使用されることがあり得るというべきである。』
※平成30年(行ケ)第10059号 審決取消請求事件 抜粋
※商標登録取消審判請求を不成立とした審決の取消訴訟において、「QR Code」又は「QRコード」が自他識別力を喪失していないことが確認された。
〈普通名称化対策が不十分である・取り組み開始時期が判断された事例〉
『いわゆる商標管理を行なつて「セイロ」に類似する名称の使用を排除しようとしたが、その対象は主として大阪附近の業者に限られ、その方法も、前記のような全国にわたる需要者一般の長年にわたり植えつけられた認識を改めるにいたるほど徹底したものではなかつた。被告主張のような強力な商標管理や莫大な費用による宣伝広告は、本件商標の登録以後のことに属する。』
※東京高裁昭和35年(行ナ)第32号 抜粋
『このような普通名称化を防ぐための措置は、平成10年ごろからは比較的頻繁に採られるようになったが、昭和40年から平成10年ごろまでの約30年の間においては、ほとんど採られていなかったといわざるを得ない。そうすると、平成10年ごろから普通名称化を防ぐための措置が頻繁に採られるようになり、前記(2)のとおり、日本巨峰会又は原告の申入れに応じて、一部の書籍等について「巨峰」が商標である旨が記載されるに至ったとしても、それによって、約30年に及ぶ長期間にわたってぶどうの一品種を表す名称として広く用いられてきた「巨峰」という語について、現時点で、需要者に、商標としての認識をもたらすことができたとは認められない。』
※大阪地裁平成13年(ワ)第9153号 商標権侵害差止請求事件 抜粋
普通名称化の防止策
著名になればなるほど識別力を失い普通名称化に至る可能性が高くなる。一方、著名になればなるほど商標権としての財産的な価値が上がり、普通名称化と認定されてしまった場合の損失が大きくなる。以下に普通名称化を防ぐための有効な方策を紹介する。
登録商標である旨の記載
使用している商標が登録商標であることを第三者に示すための表示を付する。
例)
・「『△△』は株式会社〇〇の登録商標です」と記載する。
・(R)マークをつける
登録商標とは異なる一般名称を表記する
商品・役務の商標とは別に、一般名称を併記することにより、商標が一般名称ではなく独占権のある商標であることを認知・アピールすることができる。
例)
・味の素株式会社は、ホームページに登録商標「味の素」に対し、商品の一般名称である「うまみ調味料」を併記している。
・NTT東日本はホームページに登録商標「ナンバーディスプレイ」に対し、商品の一般名称である「発信者番号通知サービス」を併記している。
ライセンシー、権限なき第三者の使用の監視・権利行使
登録商標をライセンスした場合にはそのライセンシーが商標を普通名称的に使用していないか、注意深く見守ることが必要になる。また、権限なき第三者が不正している場合には警告状を送付する、場合によっては訴訟を起こす必要もあるだろう。さらに、類似商標が出願され登録されるような場合には異議申立や無効審判を請求することも考えられる。
例)
スターバックス・コーポレーションはドリンクの商標である「フラペチーノ」に関連する複数の商標を有している。他社の商標「乙女フラペチーノ」が登録されたときに異議申立てを起こし取消決定を勝ち取っている。(異議2015-900398)
メディア対策
辞書等をはじめとして、メディアにより普通名称として露出することにより普通名称化が進むと考えられる。よって、メディアに対して、普通名称として扱われるようなことがあった場合は訂正を求める等の対応が必要となる。しかし、辞書に掲載される等の行為には法的措置はとることができなく、あくまでもお願いベースとなる。
※欧州には辞書等への商標表示請求権の制度があり、有効活用されている。
例)
味の素株式会社はテレビ局の料理番組に対し、「味の素」という商標を使用するのではなく、「うまみ調味料」という一般名称を使うように要請した。
普通名称化しにくいネーミングにする
商品の特徴を表したような識別力の弱い商標は普通名称化しやすい。よって、最初から造語的要素の強い商標を採択することも普通名称化を防ぐ一案といえる。