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意匠における文字について
世の中には、文字の付された物品が多く存在します。
目を惹くように図案化したり見やすくしたりと、物品に付す文字の創作には労力が掛っています。
それでは、とあるデザインの物品に、文字を書き入れたとします。従前の物品と異なる点は文字が付されていることのみです。
このような意匠は保護されるのでしょうか。
また、フォントやタイプフェイスといった文字書体は、物品と結びついている場合もありますが、デジタル機器の表示画面上で用いられるような物品と結びついていないものも存在します。
昨今、デジタル機器の表示画面上に表れるユーザインターフェイス等は、一定の条件下で意匠法上保護されることになりました。
デジタル機器上で用いられるフォント・タイプフェイスそれ自体も、保護されるようになったのでしょうか。
ここでは、文字やフォント・タイプフェイスの意匠法における保護の在り方について説明いたします。
文字
意匠の構成要素として、文字がどのように考えられているかについては、「カップヌードル事件」という有名な判例があります。
現在、特許庁における文字の取扱いは、意匠法審査基準に明文化されていますが、この「カップヌードル事件」を受けたものと考えられています。
カップヌードル事件
事件の概要
おなじみの日清食品株式会社(被告)のカップヌードルの登録意匠(意匠登録第359633号・意匠に係る物品「包装用容器」)について、容器の形状と類似する意匠が出願前に公知であるため無効であるとして、個人(原告)により無効審判が請求されました。
出願前に公知である類似意匠と被告の登録意匠とで異なる点は、「CUP NOODLE」の文字やその周りの横縞の帯状図形などの有無です。
特許庁は、争われている包装用容器には横縞帯状図形や文字が表されており、その文字も構成態様に創作性が認められるため模様と言えると判断しました。
特許庁において請求不成立審決が下ったため、原告により審決取消訴訟が東京高等裁判所に提起され、文字が意匠の構成要素となるかが争われました。
判旨
1.東京高等裁判所の判断
元来は文字であつても模様化が進み言語の伝達手段としての文字本来の機能を失なつているとみられるものは、模様としてその創作性を認める余地があることはいうまでもない。
しかし、本件意匠における前記部分についてみるに、CUPおよびNOODLEは、ローマ字を続むための普通の配列方法で配列されており、カップ入りのヌードル(麺の一種)をあらわす商品名をあたかも商標のように表示して、これを看る者をしてそのように読み取らせるものであり、かつ読み取ることは十分可能とみられるから、いまだローマ字が模様に変化して文字本来の機能を失つているとはいえない。
したがつて、これを模様と認められる範囲のものとした審決の判断は誤まりといわざるをえない。
東京高判昭和55年3月25日(昭53(行ケ)30)
この判決を受け、被告は最高裁へ上告しました。
2.最高裁判所の判断
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
最判昭和55年10月16日(昭55(行ツ)75)
最高裁では、高裁の判断は妥当であると判断されました。その結果、無効審判の請求不成立審決は取り消され、日清食品株式会社の登録意匠は無効となりました。
まとめ
高裁・最高裁の考え方をまとめると、以下になります。
・文字は、「模様化が進み言語の伝達手段としての文字本来の機能を失なっている」場合、模様として意匠の構成要素になり得る。
・逆に、「模様化が進み言語の伝達手段としての文字本来の機能を失なっている」とは言えない場合、文字部分について意匠法上の保護を受けることはできない。
COKE事件(包装用缶事件)
カップヌードル事件は無効審決取消訴訟でしたが、こちらはカップヌードル事件の後、拒絶査定に対して審決取消訴訟を提起した件です。
事件の概要
意匠に係る物品を「包装用缶」とする出願意匠に対し、類似する引用意匠があるとして特許庁(被告)が拒絶審決を出しました。それに対し原告は、引用意匠とは文字の有無等で相違しているため登録されるべきと主張し、東京高裁に拒絶審決取消訴訟を提起しました。
引用意匠には、図案化された「Coca-Cola」と「COKE」の文字があり、本願意匠にはそれがありませんでした。
判旨
意匠中に文字が存在する場合、その文字が模様と認められる場合を除き、文字は意匠の構成要素と認めることができないものである。
引用意匠中に認められるCoca―Colaの文字及びCOKEの文字は、前者は原告指摘のとおりかなり図案化されていることは認められるけれども、両文字とも、コカコーラ及びコークと十分読みとることができ、未だ模様に変化したとは認めることができない。したがって、引用意匠中の文字部分は、意匠の類否判断の要素として採り上げるべきでないものというべきであるので、本件審決が文字の有無について相違点として適示しなかったことをもって、相違点の看過誤認があるということはできない。
東京高判平成2年3月7日(平元(行ケ)129)
「Coca-Cola」と「COKE」の文字は、文字として十分読み取れることから模様とは言うことができず、訴訟は棄却されました(原告の負け)。
現行の取扱い
令和3年 意匠法審査基準「第Ⅲ部 第1章 工業上利用することができる意匠」
物品等に表された文字、標識は、専ら情報伝達のためだけに使用されているものを除き、意匠を構成するものとして扱う。
<専ら情報伝達のためだけに使用されている文字等の例>
a 新聞、書籍の文章部分
b 成分表示、使用説明などを普通の態様で表した文字
カップヌードル事件やCOKE事件での判示内容と趣旨を違えることなく、現在の実務では、専ら情報伝達のためだけではない図案化されている文字であれば、基本的に意匠の構成要素として認められます。
それとは逆に、出願時に図面に代えて意匠の写真を提出したい時などに、物品の表面に成分表示が記載されていたとしても、成分表示は意匠の構成要素とはならない(審査上も影響を与えない)ことになりますので、写真を加工して成分表示を消した方がいいのかと気にする必要はなさそうです。
フォント・タイプフェイス
フォントやタイプフェイスの創作には、非常に時間と労力がかかります。
上で述べました通り、文字の現行の取扱いとしては、専ら情報伝達のためだけに使用されているものを除き、意匠を構成するものとして扱うことになっています。
つまり、包装用容器などの物品に、当該フォント・タイプフェイスにて文字を付した場合には、(フォント・タイプフェイスの図案化具合によっては)意匠の構成要素となる可能性もあります。
デジタル機器の画面上で使用されるフォントやタイプフェイスについても、そのデジタル機器の操作用又は機器の機能を発揮した結果表示される画像に、当該フォント・タイプフェイスの文字が書かれているのであれば、(フォント・タイプフェイスの図案化具合によっては)意匠法上の保護を受けることができると考えられます。
しかし、フォントやタイプフェイスそれ自体については、物品に結びついているとは言うことができず、意匠法による保護を受けることはできません。
他の法律による保護
物品の形態を保護する意匠法では、物品から離れたフォントやタイプフェイスそれ自体を保護することは困難ですが、他の法域により保護が認められる可能性がありますので、以下で簡単に紹介いたします。
著作権法
著作権法では、著作物(著作権法第2条1項1号)を保護しています。
フォントやタイプフェイスそれ自体が著作物となるかどうかについては、有名な判例「ゴナU事件(ゴナ書体事件)」があります。
それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となりうる美的特性を備えていなければならない
最判平成12年9月7日(平成10(受)332)
「従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備え」、「それ自体が美的観賞の対象となりうる美的特性」があれば、著作権法で保護されると判断されました。
フォントやタイプフェイスがこの要件を満たすには、かなりの装飾が必要になると考えられます。よく使われるようなフォントやタイプフェイスは、軒並み著作物性がなさそうです。
不正競争防止法
他者のタイプフェイスと自社のタイプフェイスとが類似することを理由に、不正競争防止法の旧第2条1項1号(商品等表示混同惹起行為)にて争った例があります(東京高決平成5年12月24日判時1505号136頁)。
タイプフェイスが同法2条1項1号にいう「商品」に該当するかが問題となりましたが、その経済的な価値が社会的に承認され、独立して取引の対象とされている場合には、「商品」に含まれるとされました。
「書体メーカーによって開発された特定の書体は、正に経済的な価値を有するものとして、独立した取引の対象とされていることは明らか」であるために、タイプフェイスは「商品」であると位置づけられ、当該事件で争われたタイプフェイスの周知性や類似性、混同のおそれ等も認められたため、不正競争の成立が認められました。
以上より、タイプフェイスの不正競争防止法による保護については、同法同条1号、2号のいずれかの適用が考えられます。周知性や著名性があるタイプフェイスの場合は、不正競争防止法での訴えも検討するのがよいでしょう。
同法には、デッドコピーを取り締まる第2条第1項3号もありますが、同法2条4項の「商品の形態」の定義規定が設けられたことにより、商品の形態は商品の外部及び内部の形状等に限られることとなったため、現在では同法第2条第1項3号の適用は困難と考えます。
商標法
商標法において、商標とは、「人の知覚によって認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、…(中略)…であって、」業として商品を生産したり役務を提供したりする者が、その商品・役務について使用するものを言います(商標法第2条第1項)。
つまり、業として文字そのものを商品に付している場合、その文字は商標法上の「商標」と言うことができますので、商標出願を行い登録を受けることで商標権を取得することが可能です。
フォント・タイプフェイスそれ自体については、商品・役務について使用するものとは言うことができないため、商標法上の保護は困難と考えられます。
しかし、当該フォント・タイプフェイスにて表された文字については、商標権取得の可能性があります。
民法
不法行為による損害賠償を規定する民法第709条には、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これらによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定されています。
ここで、タイプフェイスが無断で模倣され販売されることは、書体メーカーにとって「法律上保護される利益」を侵害されたと考えることが可能です。
実際に、「著作物性の認められない書体であっても、真に創作性のある書体が、他人によって、そっくりそのまま無断で使用されているような場合には、これについて不法行為の法理を適用して保護する余地はあると解するのが相当」とした裁判例(大阪地判平成元3月8日(昭58(ワ)4872))もあります。
但し、この裁判例では、「本件書体の創作性の内容が必ずしも明らかでない」こと、「被告書体が、本件書体に似ていることは否定できないとしても、だからといって、直ちに、これをそっくりそのまま流用したものであるとまで断じることはできない」ことから、不法行為の成立は否定されています。
お困りの方へ
例えば、以下のようなお悩みはございませんか。
・意匠の物品に文字が付されているのだが、図面にも反映させるべきか。
・文字を付したことが従来の意匠とは異なるのだが、登録可能性はあるか。
・登録意匠の物品に付された文字についても保護範囲にあるか。
・文字付きの登録意匠を所有しているが、文字が付されていない意匠に効力は及ぶか。
・文字部分も保護してもらいたいのだが、どのように図案化すればよいか。
・文字を効果的に保護するには、どの法域での権利取得を目指すのがよいか。
・フォント・タイプフェイスについて、他の法域での保護可能性を知りたい。
当所には、意匠専門の弁理士やスタッフが在籍しているだけでなく、著作権法、不正競争防止法、商標法、特許法等々、各法分野に長けた弁理士及びスタッフが多数在籍しております。
戦略参謀として、様々な法域による保護をミックスし、より強く、より抜け目のない権利の取得をサポートします。
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